一色海岸でベリーダンスのショーを見てきました。

 8月21日の金曜日、一色海岸の海の家で、夕方から行われたベリーダンスのショーを見てきました。以前から、夏の終わり頃に行われていた催しなのですね。ディナーとドリンク付きで四千円。経費を差し引いた残りは、困難な状況にあるインドの少女たち、女性たちに寄付されるそうです。今回、フェイスブックを通じて出演者の女性から誘われたので、とても楽しみに当日を待ち、行ってきました。店は予約客で満員だったのですが、最前列に座れたのでラッキーでしたね。

 夕日が雲間に沈んだ後、波が打ち寄せる夜の浜を背景に、総勢十人の女性ダンサーが次々に登場。風はやや強かったのですが、おかげで涼しかったですし、ダンサーのヴェールがなびく効果も大きかったですよ。それぞれに美しい女性たちが素敵な衣装をまとい、修業の成果である、気品に満ちた華麗な踊りを見せてくれました。
 それはもう、素晴らしかったです!!
 毅然として、なおかつ艶麗。
 ペアやトリオでの踊り、ソロでの踊り。柔らかな踊りもあり、激しい踊りもあり。男性音楽家による太鼓の演奏も、可愛い坊やの飛び入りも良かったです。ダンサーのお一人が、坊やのママだったのですね。

 全体の印象は、「神聖」と言えばいいでしょうか。「神事を拝観した」という感じです。私だけでなく、他のお客さんたちも感動していました。お客の大半は若い女性だったのですが(会話の様子からして、ダンスを習っていたり、習っている人の友達だったりという感じでしたね)、帰り道、
「すごく綺麗だった」
「女神さまが降臨したみたいだった」
 という彼女たちの感動の声を聞きました。私も同感です。女性が持つ美しさと聖性が、とてもよく表れていました。ベリーダンスを習う女性が増えているとは聞いていたのですが、納得がいきますね。「魂の解放」という面があると思います。何からの解放かって? それはですね……「抑圧された女性性の解放」と言い換えてもいいかもしれません。

 現代の競争社会、多くの女性が「男並みに戦う」ことを強いられていると思います。受験、就職活動、家庭と仕事の両立。
 昔の女性は「社会の二等席」に押し込められる苦労をしていたと思いますが、現代の女性は「男になって一等席に座るか、二等席の屈辱に甘んじるか」という選択を迫られているのではないでしょうか。これまでの日本人が努力して、「名誉白人」の座を目指したようなものですね。それでも、白人と同じ扱いにはならないのに。だから、「女性が輝く社会」なんて政府に言われると、「どこまで都合よく利用するつもりだ」と思ってしまいます。

「そんなことない、わたしは無理せず楽しくやってるわ」
「男女差別なんて昔のことでしょ」
 という女性もいるでしょうが、つい頑張りすぎて体を壊したり、結婚や妊娠の時期を逃してしまったり、あるいは家事や育児の分担で夫と喧嘩したり……という女性も少なくないと思います。社会の仕組みが、女に無償労働を負わせるようになっているのですから、疲れるのは当たり前。男性の長時間労働に合わせて女性が働いていたら、少子化が進行するのも当然でしょう。無理はするまいと思っても、知らず知らず男社会に染まってしまって、殺伐としている自分がいたりします。
 そんな中で、
(そうだ、自分も本当は女だったんだ)
 と思い出すような……
(無理に男の真似をしなくても、女を否定しなくてもいいんだ)
 と思うような……そんな踊りだったと思ってみて下さい。だから女が見て、感動するのです。

 ベリーダンスというと、見世物的で扇情的な踊り、という偏見をお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、本来の姿はそうではないと思います。歴史的起源ははっきりとわかっていないようですが、古代のメソポタミアやペルシャ、エジプトなどに遡る伝統があるようです。大地の女神、豊穣の女神に捧げる踊りだったとも、女性の健康や安産のための体操的踊りだったとも言われているそうです。
 日本舞踊のように抑制的な踊りとは違い(もちろん、日本舞踊には固有の美があります)、女性本来の美質を存分に生かす踊りだと思います。精神的な解放という意味でも、大きな効果があるのではないでしょうか。まだ、志の高いベリーダンスをご覧になっていない方、どこかで機会があったら、是非ご鑑賞下さいませ。

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